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吹石一恵さんの父親・吹石徳一氏は“記録よりも記憶”に残るプロ野球選手だった

9月28日に福山雅治さんと入籍した吹石一恵さんの父親は元プロ野球選手の吹石徳一氏というのはご存知でしたか。

近鉄バッファローズ一筋に13年。1020試合に出場し、1854打数229安打。通算打率は2割2分9厘。決して目立った成績ではありませんでしたが、いぶし銀の魅力を持った選手でした。

徳一氏は和歌山県日高郡南部川村(現・みなべ町)の出身。1974年、ドラフト4位で、社会人野球の日本新薬から近鉄バファローズに入団し、背番号は25でした。控えの内野という立場にもかかわらず、1020試合出場は立派です。

選手としては大きな記録を残していませんが、プロ野球ファンには強烈な印象を残してくれました。
その名場面を振り返ってみましょう。

▶1979年の日本シリーズ(対広島東洋カープ)

3勝3敗で迎えた第7戦。ノンフィクション作家・山際淳司氏の代表作『江夏の21球』の題材ともなった9回裏に代走として登場。見事に盗塁を決めました。結果は満塁策を取った広島が初の日本一に輝きましたが、吹石の盗塁はその後、何年にも渡って放映されています。

 

▶1980年の日本シリーズ(対広島東洋カープ)

古葉・広島東洋カープ、西本・近鉄バッファローズの2年連続対決となりました。
第1戦4対3で広島リードで迎えた8回のマウンドには、前年に苦渋をなめさせられた江夏豊が登場。無死1・3塁の場面で、途中出場の吹石が犠飛を放ち、同点に追いつきます。実に吹石らしい地味な1打でしたが、その後、江夏を打ち崩し、6対4で近鉄が勝利しました。
第2戦では、5回に広島・池谷公二郎より逆転の3ランホームラン。6回にも適時打を放つ大活躍で、近鉄が2連勝を収めました。
最終的には広島の底力に屈し、悲願の日本一はなりませんでしたが、「近鉄に吹石あり!」という強烈な印象を残したシリーズとなりました。

 

▶1988年10月19日ダブルヘッダー(対ロッテオリオンズ)

プロ野球史上「最高の試合」と語り継がれる「10.19(じってんいちきゅう)」では、劇的なソロホームランを放っています。
近鉄が連勝すれば近鉄のリーグ優勝、それ以外は西武ライオンズの優勝という状況のもと、第1試合は4対3で近鉄の勝利。優勝の行方は近鉄の130試合目となるダブルヘッダー第2試合へと持ち越されました。この試合に勝てば、近鉄の優勝決定という中、7回に吹石が逆転のソロホームラン!最終的には引き分けになり、優勝は西武の手に渡りましたが、骨折の金村善明に代わり2試合とも出場した吹石の活躍は、“ここ一番、歴史的な名勝負の影に吹石あり”を印象づけました。

まさに、「記録よりも記憶」に残る選手だといえます。

福山雅治の妻として、にわかに脚光を浴びる長女の吹石一恵さん。女優としては、特に華々しい活躍はしていませんが、“ここ一番の強さ”はお父さん譲りなのでしょうね。

(写真:日本新薬硬式野球部ホームページより)

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